2007年06月01日

迷路のむら。(奈良市)

sonraku01.jpg

 奈良市内のとある村落内の小道です。道の突き当たりに倉が見えます。

sonraku-hana.jpg

 倉の下には赤い花が咲き、

hana-cho.jpg

その上では蝶々が舞っています。

sonraku-magari.jpg

 小屋で突き当たってしまった小道は左へと屈曲していきます。

sonraku-buranko.jpg

 その傍らには小さな公園があり、さきほどと同じ赤い花と誰もいないブランコが宙に漂います。

sonraku-tanbo.jpg

 公園の脇で道はまたもや、屈曲して、

tanbo.jpg

 一面の田んぼへと視界が開け村からはじき出されます。

 奈良の村落は田んぼに浮かぶ島のようです。島の中は自衛のために、敢えて視界が通らないような、屈曲をくりかえす街路がクモの巣のように走っています。僕が育った近くのむらもこのような風景でした。基本的にはT字路を次々と連鎖させて成立つ街路体系なのです。視界が効かないのでむらの中で何回も自転車どうしぶつかった記憶があります。なぜかぶつかる相手がいつもはじき飛ばされ、僕は無事なのですが。

 一面の田んぼに浮かぶ島は、その中で迷路と化すのです。新興住宅地で育った僕には迷路の村はとてもとても不思議で、たとえ物理的には侵入できても、なぜかどうしても入ることのできないように感じてしまう異界でした。

 久しぶりに入った知らない村落の中で、そんなことを思い出していました。迷路の村です。
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 15:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 奈良の日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月02日

「市場」でビジネス。(赤窓042)

heijo-kyo.jpg

 平城京全図です。この宮都の西南部、黒く塗り潰した一画に国家の交易の場、「西市」があったようです。この「西市」、現在はというと、、

 mansion+.jpg

 マンションが林立しています。面影ゼロです。しかしながら、この一画に「西市」があったことを示す石碑等があります。

sekihi.jpg

 うん。石碑です。ではなぜ、石碑「等」なのでしょう?

saiiti-ato+.jpg

 実はここ、石碑だけではなく、ごちゃごちゃといろんなものが集まってある種のコンプレックスを形成しているのです。手前には真っ白な狛犬のようなものが見えます。

komainu.jpg

 解説によると彼の名前は「長安」というようです。「友好のため長安(現在の西安市)からやってきた」そうです。なんて安直なネーミング!!しかもそんな友好の使者を緑のフェンスで囲い込んじゃってます。

kaisetu55.jpg

 もちろん「西市」の解説もあります。

mokkan-kaiga.jpg

 この「西市」跡では、銭の元祖とも言える「木簡」交易銭も発掘されたようで、そのことを高らかにうたっています。

 解説文は万葉集所収の
「あおによし ならのみやこはさくはなの におうがごとく いまさかりなり」の歌で始まり、「木簡」を賛辞したあと、この解説をしたためた平城京西市跡保存委員会会長の歌でしめくくられています。

uta.jpg

 すごい歌です。万葉集の5-7-5-7-7という和歌のリズムをバロック化したような7-7-5-4というユニークに過ぎるリズムです。しかも冒頭の万葉集和歌はさして、解説文内容にからまないことから察するに、この最後の歌を詠みたいがための単なる前フリだったのね、、嗚呼。

 さて、それはそうと、ここは国家の一大交易場跡なのです。当然ものの売買も行われています。

kaisetusyo.jpg

 っていう教育委員会が出版した本を1500円也で売っちゃってます。
そして、、

mokkan.jpg

 あの高らかに歌い上げた木簡の模型(!)も販売しちゃってます。
特価300円です(ちょっと欲しい)。

 国歌の交易場跡での、なんともとっても奈良っぽいビジネス。う〜ん。奈良。

posted by 遷都1297年記念事業協会 at 09:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月03日

空中浮遊。(奈良市)

fuyu.jpg

いきなりですが、木の幹が浮いてます。緑フェンスに寄り添って。

fuyu-up.jpg

 浮いている幹にはフェンスが痛いくらいに食い込んでます。おわかりのように浮いてるのではなく、食い込んだフェンスネットによって幹は支えられて宙づりのごとくなってるのです。

nekko.jpg

 空中に浮かぶ幹の下には切り株(見にくくてごめんなさい)があります。

 おそらく木がフェンスを突き破って、駐車場方向に傾いて伸びてたため、この木を切ることになったのでしょう。フェンスから付きでた部分、そして、根っこは切れたものの、がっしりとフェンスに食い込んだ幹、これは引き剥がすこともできず、しかも面倒くさいのでこのまま放置したに違いありません。

 木の力と、奈良の面倒くささのコラボによってうまれた空中浮遊なのです。

fuyu.jpg
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 07:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 奈良の日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月04日

王朝脇の老舗。(奈良市)

asuka-zenkei.jpg

とっても広大で殺伐とした駐車場と、その奥にボーリング場が見えます。

 このボーリング場、僕が小さな時からあったもので、この近くの高校に通っていた際にはよくお世話になったものでした。

 でもどうやら、廃虚と化したようです、、。うん?駐車場に車が2台ばかし停まってます。ひょっとして、、近付いてみましょう。

pin-and-te.jpg

 屋根からピンが突出するのはボーリング場の定番ですが、手が突き出てます。リアルで巨大な手が、、。実はこの手のせいで、小さい時僕はこの建物とても恐く想ってました。

 aproach-asuka.jpg

 さて、エントランス階段へと進みます。なかなかに立派な階段です。その脇には、

 aproach.jpg

 根拠不明、脈来不在のリアルなゾウとペガサス(リアルなペガサスなんてのは語弊ありますが)がいます。ペガサスに至っては躍動感あり過ぎるせいで倒れないようロープで背後から引っ張ってます。吊り構造です(ウソつけ)。

 さて、いよいよ中に侵入です。

_jpg.jpg

 いません。誰もいません。いえ、ひと組だけカップルがいました。この日は土曜日の午後1時。広大なレーンにひと組なんて!!(やるなぁ、このカップル)。

game.jpg

 そしてゲーム機。節電のためか電源入ってません。この日は土曜日の午後1時。電源が入ってないなんて!!

 名誉のために言っておきますが、このボーリング場、高校時代は大にぎわいでした。あれから20年。時間の流れは残酷です。

asuka+heijo.jpg

 このボーリング場のすぐ隣は平城宮跡。復元した土塀やその奥には復元中の大極殿覆屋が見えます。

 僕が小さい時は、平城宮跡は復元物など何もない空き地でした。この場所は1300年近く空洞であったわけです。20年の時の流れで変貌してしまった遊戯場と、王朝でなくなって1000年以上凍結した空き地。そして近年、ぽつぽつと復元をはじめたせいで唐突に王朝的風景が現代に貫入しつつあるこの空き地。

 それが隣接する風景がなんとも不思議です。

nokoki+suzaku.jpg

 そんなこととはおかまいなしに、復元された朱雀門をバックに農耕機が稲を植えてます。これまた少し不思議に感じてしまいます。

posted by 遷都1297年記念事業協会 at 19:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月09日

油断大敵。小さな神殿。(奈良市)

先の記事で、ベタな疑問を投げかけたにも関わらず放置気味ですみません。しかも今回はその回答とは無関係な小ネタです。重ね重ねすみません。回答編も後程お伝えしますが。少し準備が必要で、、、。

suiko-tenno-sya.jpg

 推古天皇社とあります。小さな春日造の神殿が鳥居の奥に見えます。別にほんとうになんてことない小さな小さな神社です。

 ですが、この入り口脇に、こんな看板があります。

 bohan-kanban.jpg

 「神殿 盗犯防止モデル地区」
盗犯って、ここのお賽銭を狙ってのことでしょうか?それとも春日造の神殿そのものが狙われているのでしょうか?うん。確かに小さいし、携帯可能なサイズですから。ありえないことないですね。

 にしても、そんな盗犯を防止する「モデル地区」って、、。ここで独自の盗犯防止の試みを実験的におこなって、そこで得た成果をマニュアル化して奈良全域へと展開させていくのでしょうか?確かに小さい春日造りしかない神社、多いですから、奈良は。

 この写真では見にくいですが、看板の左側に標語がついてます。

「チョットだけ ドロボウが狙う その油断」

 、、、。チョットしか狙わへんねんやん!!そんなん油断しちゃうよなぁ。

 っていうか、この標語がうながしたいメッセージ。なんとも微妙じゃないですか?「まぁ、ええかな、狙われても」って気分になっちゃいます。

 ということでどこかの小さい神社の、どうでもいいお話でした。

 
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 09:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月10日

密度ななかで、住み別けを。(奈良市)

konabe-kofun.jpg

 上の写真は、「コナベ古墳」です(正確には「小奈辺陵墓参考地」というようです)。

 でも今回は古墳が主題ではありません。またまた亀のお話です。

 以前「彼等の楽園?(赤窓009)」で奈良は異常な亀密度を誇ること、しかしながら、現在はその大半が外来種である「アカミミガメ」で占められていることを報告いたしました。

 さて、この古墳の堀をのぞいてみると、、、

 akamimi-game.jpg


 やはり、すごい亀密度です。しかも「アカミミガメ」ばっかりです。日本古代の堀に、ミシシッピからの使者が居座っています。

 しかし、ここから少し離れたところをのぞくと、、、

kusa-game.jpg

 おおっ。これはすべて「クサガメ」です。日本にしかいない亀ではありませんが、昔から住んでいた種のものです。「アカミミガメ」に押されっぱなしの「クサガメ」や「イシガメ」ですが、何とかすみわけることで生活圏を確保しているようです。

 akamimi-game.jpg

 さて、もういちど、「アカミミガメ」ゾーン。実は上から二番目に見える小さい亀だけは「クサガメ」です。一番上のおおきな「アカミミガメ」に足で甲羅を押さえ付けられてます。

 彼は「アカミミガメ」の軍門にくだって、奴隷状態なのでしょうか?それとも「クサガメ」ゾーンから秘かに派遣されたスパイ亀なのでしょうか?

 どちらかはわかりませんが、「クサガメ」さん、頑張って(別に国粋主義者ではないんですけどね)。
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 11:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 奈良のいきもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月11日

大安寺伽藍いまむかし。(奈良市)

 「直列円盤の謎。(赤窓045-02)」で、大安寺が創建時においては、とても巨大な寺院であったことをお話しました。

 現在の境内と、創建時のスケールの違いを南大門イメージとの重ねあわせで示しましたが、平面的にはどれくらいの違いがあったのでしょうか?

daianji-kozu.jpg

 これは大安寺境内を描いた古図です。境内南部には東西の塔がそびえたち、威容を放っています。確かにすごい大伽藍です。

 さて、現在の境内はというと、、、

daianji-gwbjo++.jpg

 図のピンク色の部分です。かつての伽藍の中心軸(南大門、中門、金堂、講堂、、)をはずした西脇にちょこんと現本堂が東面してあります。

 でもこれだけではかつての大伽藍と比較できないので、両者を重ねあわせた図を示すと、、

daianji-gwbjo+.jpg

 このようになります。現在の境内が無茶苦茶かわいらしいです。
かつての中心ゾーンがヴォイドになり、中心軸も90度廻転して東西軸へと変換されてます。西大寺を思い出すような空間変容です。

 というわけで、大安寺伽藍のいまむかし、でした。

 
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 14:11| Comment(0) | TrackBack(1) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

直列円盤の謎:後編。(奈良市)

tyokuretu-enban02.jpg

さて、お待たせしました(もう待ってもらえてないかもしれないけど)。直列円盤ですが、こんなやつでしたよね。確か。これがここには数列並んでいます。これはいったいなんだったのでしょう?

 即答したいですが、まずは、この直列円盤のある場所がどんなところかを見ていきたいと思います。

daianji-hondo.jpg

 直列円盤は、奈良市の大安寺という寺院境内の一画にあります。
その本堂が上の写真です。

 daianji-fukei02.jpg

 その奥にもうひとつ、建物が見えます。いずれにしてもとっても人間的スケールの庶民派(?)な寺院風景です。

 さて、あの直列円盤ですが、この寺院のどこにあるのでしょう。

nanmon-up.jpg

 しつこくひっぱりますが、それに回答する前に、大安寺の南門を見てみましょう。やはり庶民的スケールです。

nanmon-uchikara.jpg

 同様に南門を別アングルから。庶民的スケールとかいいましたが、なんだかえらく基壇だけでかくないですか?これ。

 そう、あの直列円盤は、この基壇上にあるのです。あのスケールアウトした基壇、実は大安寺創建時の南大門の基壇を最近復元したものだそうです。

 もうおわかりかと思いますが、あの円盤は南大門の柱の位置に石盤を設置したものだったようです。

 この南大門、基壇だけではなく、実は秘かに復元する予定があるとか、ないとか、、。いますんごく復元がブームだからね、奈良。

 それはそうと、こやつ、平城宮の朱雀門と同等のスケールを有していたそうです。朱雀門というと、、。

suzaku-mon.jpg

 うん、とっても大きいですね。でも、こんだけ野原っぽいと、巨大さが気になりません。しかし、、、。

 nanmon-enkei.jpg

 創建時巨大だった大安寺もいまはこんな庶民的なスケールの寺院として落ち着いています。ここに南大門を復元すると、、

 fukugen-fukei01+.jpg

 こ〜んな、とんでもない風景が出現します。なんの調整もなく、古代爆弾投下な感じです!!

 fukugen-fukei0122.jpg

 内観はこんな感じ。すっごい爆弾です。でも、とっても奈良ならではの企画アンド風景なので、実は見てみたい気がしています。

 次回は、もう少し、古代大安寺の伽藍などの話を紹介してこのシリーズの補足としたいと思います。またお楽しみにしてください。

posted by 遷都1297年記念事業協会 at 15:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

直列円盤の謎:前編。(奈良市)

45-tyokuretu-en.jpg

何やら芝生上に、平たい石の円盤が一直線状に並んでいます。
これはいったい何でしょう?

 すっごいベタな疑問を投げかけてしまいましたが、案外と面白い展開がこの後あります(ほんとうです)。見捨てないで次回をお楽しみにしてもらえたらと想います。
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 15:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月13日

古墳の谷のヒミツ。(奈良市)

kichi-hito.jpg

鉄柵の中にひとがたくさんいます。ベビーカーなどもあり、家族連れのひとも多いようです。

 ただ、なんだかみなさん、上を見上げ気味じゃないですか?
上になんかあるのでしょうか?

heri.jpg

 上空にはヘリが飛んでいます。この日は一時、空では轟音がとどろいてました。写真は、ヘリしかおさめれませんでした(気付いたときには遅かったのです。残念)が、戦闘機が飛行ショーをくりひろげていたのです(急降下や2機戦闘機の螺旋的クロスなど)。

 僕はたまたまチャリ(ホワイトサンダー17号)でブラブラしてたらでくわしたのですが、住民も来訪者もみんな熱心に上空を見上げてました。年に1回の自衛隊主宰「基地祭」らしいです。

 どうも毎年楽しみにしている方々がいるようで、基地の前はすごい人でした。

 さて、基地ですが、、

kichi.jpg

 池の向こうに誘導塔のようなものが2基建ってます。この池、実は古墳の堀なんです。

chizu.jpg

 ふたつの古墳が形成する谷間の向こうに自衛隊基地があるのです。
古代の墳墓の向こうから、轟音あげて戦闘機が発進していたわけです。

 天然な秘密基地に、すっごく古いですが、ウルトラマンな風景を感じました。しかもなぜかウルトラセブンを、、。

 ぼんやりと上を見上げて妄想してたら、古墳自体が、基地にみえてきました。石棺ミサイルや、石室戦車とかが、出動しそうなそんな気がしちゃいました。

 というわけで、古墳の谷の秘密基地でした。
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 08:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月16日

借りてよかった、この一冊。(奈良書籍)

kofun-kuchie.jpg

 何やらこんもりとした森のようなものが描かれています。これは明治時代の古墳の様相を描いたものの集成です。

 「大和國古墳墓取調書」という本で、最近よく探訪する図書館の奈良コーナーでふつうに閲覧でき、かつ貸し出しオッケイだったので、迷うこともなく、借りちゃいました。

 この本は、昭和60年に復刻されたものですが、もともとは明治期に野淵龍潜という人物が奈良県にある古墳を悉皆調査し、それを上記のようにまとめたものです。なんと740(!)もの古墳が彩色付きで収録され、当時の土地利用状況(田、畑、原野など)も書き込まれているのです。

 なので古墳の上に「畑」なんて文字が書き込まれてて、まさに現在にも通じる奈良っぽい風景が描かれているのです。別に古墳好きでなくとも、とても楽しめる本です。

 借りて良かった!そんな風に思える一冊でした。とっても重くて、自転車(ホワイトサンダー17号)悲鳴あげてたけどね。
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 21:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 奈良の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

よかった1册と、いま。(明日香村)

sekishitu-kara.jpg

いきなり、漆黒の国からすみません。これは飛鳥村にある岩屋山古墳の石室から、入り口を見返した情景です。漆黒の国というより、黄泉の国ですね。

 めっちゃ素で古墳の石室に入れちゃうのが、とっても素敵です。奈良県ってば。

kofun-gaikan.jpg

 さて、この古墳の外観は上のようです。こんもりしたまぁるい山に石室への入り口がぽっかり口を開けています。

iwaya.jpg

 そしてこの古墳の明治期の風景が上の図です。この絵は前回紹介した本に収録されているものです。借りてよかったあの1册です。

 この本には外にあらわれた風景だけでなく、石室も描かれています。復刻本では、図のように下部に赤ラインで石室見取りが描かれてますが、原盤では外観の図をペリッと上にめくると石室が見えるという、素敵なつくりになっていたようです。

 この古墳に関しては明治期の風景とさして変わってませんが、他の古墳を探訪した際に、絵図と比較しながら、その風景の変容を楽しみたいと感じました。

 やっぱり借りてよかった、この1册(めちゃくちゃ重たいけどね)。
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 22:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 奈良の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。