2007年05月26日

西大寺の変03。(奈良市)

32-kidanmiorosi.jpg

前回はこの基壇に焦点をあてたお話をしました。この基壇に本堂や愛染堂といった主要建築が求心するといったお話です。

 この基壇を東から見てみます。

kidan+midori.jpg

 うん?基壇ごし、真西になんだか、緑の物体が、、、。

32-midori-butuzo.jpg

 そう、これはあの緑すぎる、気持ち悪さ満載の仏像ではありませんか。何故?

 ここで一度、この一体の伽藍を再度見ていきたいと思います。

garan.jpg

 前回確認したように、基壇を中核に据えた建築配置です。この基壇が創建時の五重塔のものであることはお話しましたが、この配置図をよく見ると「東塔跡」とあります。

toto.jpg


 ということは、これと対になる「西塔跡」というものがあると考えられます。では配置図の西の方に目を転じてみましょう。

saito.jpg

 ありました!!愛染堂後方に「西塔跡」の文字が!

 伽藍全体が東方に移動したのか、「西塔跡」は境内の西端のぎりぎり境界線上にあります。

 しかし、そちらを実際ながめても塔の基壇らしきものは何も見つかりません。そして、、

 もうおわかりでしょうか?「西塔跡」には基壇は残存せず、そのかわりに、あの緑のヤツがそれにとってかわって鎮座しちゃってるのです。やめてぇって感じですが。

32-midori-butuzo.jpg

 これを受けて、前回の図解を改訂したら、こんな感じになるわけです。

 garan-midorituki.jpg

 元来、左右対称のものの他方に関心が集中することで、見捨てられた一方はどんどん廃れていくのです。僕はこれを「対称の闇」と呼んでいます。

 緑の仏像を「廃れ」というと罰があたるかもしれませんが、僕には見捨てられ忘れ去られた西塔の最期の叫びのように見えてしまうのです。

 さて、西大寺はこの一画だけで伽藍が完結しているわけではありません。次回からは西大寺の全体伽藍の特性に関してお話させていただきたいと思います。お楽しみに。
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 20:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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