2007年05月26日

西大寺の変04。(奈良市)

 少し間があいてしまいました。すみません。また再開です。前回は東塔跡の礎石を中核に据えた伽藍配置と、その傍らで廃れて緑の仏像へと姿を転じた西塔跡のお話(「対称の闇」)をしました。今回はこの一角を含む全体空間のお話をしたいと思います。

yonnodo.jpg

 本堂からだいぶ距離を隔てた東に、南面してたつ主要建物があり、その名を四王堂といいます。上の写真がそれです。この四王堂の正面には南北方向に参道が走り、

yonno-nanmon.jpg

 その参道の始点に南門があります。この風景、見覚えないでしょうか。

32-kidan-hondo.jpg

32-nanmon+.jpg

 そう、本堂とそこに向けて伸びる参道、そして南門。この1セットの風景と扱いがほぼ同じです。そこで本堂と四王堂を含めた配置図を見てましょう。

taisyo-garan.jpg

 上の図のようになります。この2セット空間が東西に距離を隔てて立地し、両者の中間ほどに位置する二つの院(増長院と華蔵院)のあたりが両者の対称軸を形成しています。わかりにくいので図解すると以下のようになります。

taisyozukai+.jpg

 このように西大寺伽藍は本堂を中心にする空間セット1と四王堂を中心とする空間セット2が対称的に配置されているわけです。

 ここで、うん?となりませんか?確か、東塔を中核にそこに求心するような、ほぼ対称な配置を前に紹介しました。

32-kidanmiorosi.jpg

 上の図がそうです。またこの基壇は東塔だったわけですから、それと対になる西塔があるわけです。つまり、元来は東塔と西塔自体がひとつの対称空間を形成していたことになります。

 このように西大寺にはいくつもの対称軸が見られます。それが最初の対称軸からどんどん東に移動しているのです。

 さて、今回はここまで。次回はこの「移動する対称軸」に焦点を当ててお話を進めていこうと思います。お楽しみに。
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 20:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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