2007年04月09日

ロータリーの住人。(奈良市)

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 とあるロータリーの風景です。別にどってことない風景に見えますが、、。うん?なんか小屋みたいなものが建ってますね。

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 左にバス停が見えますので、これはバス停ではないようです。

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 近付いてみましょう。

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 妻入りと平入の小屋が並列してます。もうおわかりですよね。

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 そう、ふたつの地蔵堂がロータリーの中に入っているのです。
というより、地蔵堂を迂回するように道が交錯した結果、道の中の孤島のように地蔵堂があるわけです。

 なんだか丁寧に地蔵堂迂回して道路敷設するあたり、とっても奈良県な気が勝手にしてます。これと同じの奈良のまた違うところでも見ましたし。

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 でも、お地蔵さん自身の抵抗の砦のようにも見えて、何か勇気をもらえます。頑張れ、お地蔵さん。
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2007年04月10日

観念の軸。実利の軸。(奈良市)

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 この巨大な建造物。平城宮跡で復元作業をしている大極殿正殿の覆屋です。
建都1300年を迎える2010年に完成予定とのこと。

 さて、それはそうと、大極殿正殿ということですので、ここから起点に平城宮の中軸線が南へ向けてズドーンと伸びていたわけです。

 ただ、現在は単なる空地なのですが。

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 ここから180度回転してみます。この門は近年復元された朱雀門です。

 大極殿正殿と朱雀門の2点があることで、この両者を結ぶ南北軸が空地の上に浮上してきます。都城中心軸とは、基本的に現代都市の実用的道路とは違い、むしろ象徴的、観念的な代物です。

 現在、空地であるがゆえに、逆に、その観念性の高さが迫ってくるように感じます。

 さて、朱雀門の写真、もう一度よく見てみましょう。右下に電車が走ってまるのが見えます。そう、この両者を結ぶ中心軸に、近鉄電車奈良線のラインが斜めに割り込んでいるのです(しかも踏み切りはなし)。

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 ですので、朱雀門から、大極殿正殿へ向けて視界はズドーンと通るのですが、この軸線を真直ぐに進むのは無理なのです。線路にぶつかっちゃいますので。

 しかも平城宮中心軸の正確な南北という観念的純度の高い方位設定とは違い、近鉄の斜め方向は「西大寺と奈良を最短で結んだら、そんな角度やったんで」という実利的合理的100パーセントな方位です。

 その対比がよくも悪くも不思議な風景を生み出しています。8世紀初頭と20世紀後半に設定された線の重なり。今後復元作業でどのような風景としてまとめるのかは無知と不勉強なゆえにわからないのですが、いまあるこの不思議な風景を僕は記憶しておこうと思ってます。

 
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 18:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月11日

いろんな見立て重層。(奈良市)

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黒々とこんもりとした森が見えます。これは巨大な前方後円墳(崇仁天皇陵)の後円部(丸いドーム状の部分)です。かなり存在感ありますが、古墳を見る機会がある人ならば、そう珍しい光景ではないかと思います。

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 では、この写真はどうでしょう。単なる田舎の山裾の風景に見えますが、、、。

 龍が波打っているような山の稜線と、手前の起伏がシンクロした不思議な一体感があります。そして柿の木が林立している背後には墓石が見えます。

 この墓石がある起伏、実は前方後円墳の前方部(四角い壇部分)なのです。

 神様がいる山々の風景を、圧縮したようなかたちの古墳。要するに山の中の山、山風景の入れ子です。

 そして古代から葬送地として選地されてきた山麓風景を、その入れ子的山(=古墳)の起伏にも見い出して、そこを墓地としたわけです。ここにも見立てがはたらいてます。

 もちろん普通に山麓にある墓地もあるわけですから、「山麓の墓地」がやっぱり入れ子状に展開しているわけです。「本当の山麓の墓地」の中に「山麓に見立てた古墳上の墓地」があるといったように。

 また、このような見立てとは違うのですが、古墳の段々になった地形。これは古墳と知らなければ、とても便利な、はなから造成された段々畑用地と言えます。なので、古墳上を普通にみかん畑として利用してたりしてます。

 山に神様がいるという世界観の中での見立てと、地形的資材性による活用。こんないろんな主体のいろんな見立てや、いろんな土地利用の仕方が重なって、いわくいいがたい風景を生み出しています。

 僕達がぼんやり見ている風景の背後にも、普段考えている文脈を超えた世界の風景が展開されているのでは?などと考えてしまいます。

 今「これがすべて」だと思っている世界は、見立てが重層した表面上のほんの一部かもしれませんから。

 

 
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 08:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月12日

完璧なる自転車道路網へ。(奈良市)

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これは近所に流れる秋篠川の土手の道です。なんてことない話ですが、この道、自転車と歩行者専用道路(面倒くさいから以下「自転車道路」)なのです。

 「自転車道路」自体、そんな珍しいものではありません。奈良と京都の県境あたりを流れる木津川なんかには、はるか桂川まで至るおそらく40キロはあろうかという「自転車道路」がついてます。

 ただ、木津川は大河川であり河川敷の余地もたっぷりあるので、「自転車道路」敷設自体はそんな無理なくできるはずです。

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 さて、この「自転車道路」、看板に「奈良・西の京・斑鳩」って書いてます。

 西の京っていうのは奈良市内であり、要するに薬師寺のあるあたりです。この自転車道の始点からもせいぜい3キロくらいで到達可能です。

 次に斑鳩ですが、これは法隆寺のあるあたりです。始点からだと、なんと15キロはあります。

 さっきの木津川の話からするとたいした距離ではないのですが、これは結構すごいことなのです。何故なら、この秋篠川に沿って進めば自然に斑鳩にいけるわけではないのです。

 途中で川と離脱し、田んぼを超え、大和郡山城の堀をかすめて、小丘陵を登りきり、大和小泉の集落沿いの街道を突っ切って、、(以下割愛)。

 要するにえらくバリエーションに富んだ場所をつなぎにつないで、ようやく法隆寺あたりまで至るわけです。

 実際このルートを試してみましたが、法隆寺までなんとか続いてました。紆余曲折を経て。

 ただ「自転車道」として完璧を期すならば、そのルートにおいて、ただの一度も自動車交通に煩わされることなく、進行可能な必要があります。残念なことに、何度か信号につかまったりしますし、車道が「自転車道」を分断してたりします。

 これが完璧なら、そのルートを巡る風景の展開力とあいまって本当によいのですが、、。

 さて、この「自転車道」で法隆寺まで行ったのですが、そこでその看板を見て驚きました「斑鳩・飛鳥」と書いてあるのです。

 飛鳥は石舞台や亀石などの巨石で有名ですが、斑鳩から飛鳥まではたっぷり20キロはあります。

 このネットワーク、実はもの凄いのでは。飛鳥に行ったら今度はなんて書いてるのだろう、看板に。

 もし「飛鳥・十津川」だったら仰天です。両者を隔てる距離はたっぷり50キロはあって、しかもひたすら山を超えないと到達できない秘境なので。十津川村は。

 一度も車に出会わない、完璧なる広域「自転車道」ネットワーク出現に期待です。

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 ちなみにこれ、うちの近所の「自転車道」始点から200m刻みで距離が書かれてる看板です。ジョギングやウォーキングを楽しむ人のため用なんですが、残念ながら3.5キロくらいで終わってしまいます。

 完璧なる広域「自転車道」ネットワーク( p.c.n=perfect chari-road network)完成のあかつきには、是非終点までこの看板のばして欲しいものです。

 始点から「69.4キロ」とか。このほのぼのイラストが途端にシュールに見えちゃいそうで、こわいですが。

 


 
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 17:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月16日

暴君な実利線。(奈良市)

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これはうちの近所の西大寺駅前の大規模な区画整理事業地です。

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 奥に見える2棟のマンションがたってる当たりはもうすでに道が開通してますが、そこから北側はまだ工事中です。

 この場所、はっきりとは思い出せないですが、僕が子どものころは一面田んぼでした。

 「赤窓005」で、
http://dnaruakamado.seesaa.net/article/38368893.html
平城宮跡の朱雀門から伸びる観念的な軸のお話を紹介しましたが、この区画整理のラインはそんなのではなく100パーセント実利的な軸です。

 しかし、開通前のヴォイドなせいか、ある種の観念性を感じてしまいます。なんだか嫌な観念性ですが。

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 さて、この道の先ですが、いまはあるところでアスファルト舗装が途切れています。

 ここからは何処に向かうのでしょうか?この先をたどってみましょう。

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 ここまではひたすら直線的に伸びてきてましたが、どうやら彎曲していくみたいです。

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 思いきりカーブがかかってます。

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 さらに切れ味するどく曲がりだして、、

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 ん!?

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 おい、おい、、ちょっと待てよ。何処にむかってんねん。

 思いっきり、この木造長家に向けて、ホーミングミサイルみたくなってるではないですか!?

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 ここは、この木造長家だけではなく、まるで忘れ去られた島のように、いくつかの農家の建物があります。

 駅前の商業ビルと、背の高いマンションの影に隠れるかのようにひっそりとした佇まいなのですが、そんな中に、ギリギリまで「区画整理ホーミングミサイル」が迫ってきてるのです。

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 実利的な線。こんな線に不条理にもかき消されたいくつもの生活や大地の物語りがあるのです。

 この暴力性に、さきほど嫌な観念性の臭いをかぎとったのかもしれません。

 実利な線は、嫌な嫌な、暴君であることがしばしばなのです。
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 14:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月18日

判らない森。(奈良市)

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奈良に住んでいると、こんもりとした森をよく見かけます。それらは、古墳か神社のいずれかで、幼い頃から見慣れていると、その判別がすぐについちゃいます。ちなみに上の写真の森は神社です。

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 では、この森はどうでしょう?神社にしても古墳にしても、なんだか下がスケスケな感じがします。近付いてみましょう。

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 ん?なんだか割れているように見えますが、、。

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 そう、このように森はふたつのブロック(仮に「ライトウィング」と「レフトウィング」としましょう)に別れているみたいです。

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 これが「ライトウィング」で、

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 こっちが「レフトウィング」です。

 この森はいったい何なのでしょうか?古墳や神社でないのは確かです。かといって防風林でもないようです。風から身を守りたい対象が見当たらないですから。

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 この二つに割れた森、北から見ると、割れ目を通して、最初にかかげた写真の神社が正面に見えます。神社本殿を拝む拝殿の形式に真ん中が割れた「割拝殿」なるものがありますが、ひょっとして「割拝殿な森」なんでしょうか?

 結局、判らないままです。みなさんはどう判別されますか?この森。
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 10:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月22日

奈良な公園。(奈良市)

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よく見かける郊外住宅地の風景です。右手に公園があるようです。

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 埴輪?

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 埴輪ベンチに、埴輪テーブル?

 奈良やからといって、またなんてベタな、、。とか思ってしまったのですが、この公園もう一度見渡してみると、、

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 何やらガラス張りの建物があります。早速、中を覗いてみます。

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 おおっ!どうも、この公園、ただの公園ではなくて、古代の窯跡が発掘された遺跡付き公園だったようです。ちなみにこれは第3窯跡らしいです。やるじゃないですか。

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ん?

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んんっ?

 何だか、この窯跡のまわりに不自然に土間っぽくあしらった道のようなものが見えます。これは何でしょう?

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 「古墳時代の溝跡」らしいです。

 ここでは、窯跡は第1〜第3まで、溝跡が一筋、発掘されたようです。ただ、保存して展示しているのは第3窯跡のみで、あとは埋めてしまって、その外形だけを土間っぽく処理しているのです。

 そして、ただロゴのみで「古墳時代の溝跡」って宣言しちゃっています。書道っぽい字体で、「いにしえ感」をグッと引き寄せて、、。


 郊外の公園に唐突に窯跡があるのも奈良らしいですが、最小限の保存をして、あとは面倒くさいから「ロゴでおっけいな処理」っていうのも何とも奈良らしいです。

 僕がちいさいとき、みんなのくちぐせは「おとろしい=
めんどうくさいの奈良南部の方言」でしたから。

 というわけで、とっても奈良な公園なのでした。

 
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 07:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月28日

奈良な休憩所。(奈良市)

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平城宮跡の、北の端の風景です。どこにでもあるような休憩所らしきものが見えます。

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 いままで、近付いたこともなかったのですが、休憩所で、休憩っていうのも、たまにはよいかもしれません。合目的に憩っちゃいましょう。

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 うん?何やら、真ん中窪んでるじゃないですか?しかも土間っぽいです。

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 おおっ!!なんか、井戸の遺跡くさいです。

 はじめて気付いたのですが、これ休憩所ではなく、古代の井戸の遺構の、覆い屋だったんです。この井戸、酒や酢を醸造する水を汲むための大事な大事な井戸だったみたいです。ちなみにこの業務を司る役所を造酒司(ぞうしゅし)といったようです。

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 これが、その推定絵図。うん。井戸はリアルですが、覆い屋の推定図があんまりにもラフじゃないですか?これ。とってもカラー金属パネルな屋根といい、建物形状といい。嗚呼めんどくさそうな奈良精神が垣間見えます。

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 そして改めて、気付いたのは、この休憩所にしか見えない覆い屋。この形態の根拠は、この絵図だったんですね。この絵図を鉄骨で再現して、ガラスのトップライトをあしらったわけです。

 もう何も言いませんが、奈良だよなぁ、やっぱり。ナイスアレンジフルな覆い屋。

 どうでもよかったんですが、結局、休憩所で休憩できませんでした。
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月30日

残る森、あるいは禁忌の森。(奈良市)

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 近所の農村の中を走る小道です。

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 この小道に面して、ある矩形の一画が森として残ってます。道に面して建っている家が歯抜けとなって、空地な風景となるのはよく見かけますが、森になっているのはそうそう見ません。

 しかもこの森、平面ではなく、奥に向けて斜面が上昇していってます。図解すると以下のようです。

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 3方を建物で囲まれ、正面だけが道に面しているのです。この森、別に神社でも、古墳でもありません。単なる森です。

 「判らない森」というものを以前紹介しましたが、神社や古墳でない森の方が、ひどく気にかかります。

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 何らかの理由で、切り開くことを免れたのか、それとも兼ねてからタブー(禁忌)の場所として、在ったのか、それは判りません。

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 森は何も言わず、そこに在るのです。遠景から見てもこれほどはっきりわかるほど、木々は大きく繁ってます。

posted by 遷都1297年記念事業協会 at 16:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月01日

この大量の視線を浴びて。(奈良市)

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 たくさんのお地蔵さん。とある川辺の小屋に大集合です。時折こういった集合雛壇なお地蔵さんを見かけます。

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 その最前線にベンチ。地蔵さん→地域信仰→コミュニティ→ベンチ。というわけかもしれません。

 これでよいなら、よいんですけど。

 背中から無数のお地蔵さんの熱視線を浴びながら、ベンチでのんびりできないです。僕は。地蔵になる決意(なんじゃその決意)がつくまでは決して。
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 21:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月03日

海な池。(奈良市)

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みなさん御存知のように、奈良県には海がありません。なので海コンプレックスな奈良県民は結構います。

 僕もそんな輩で、小さい時、少し大きな水辺をみては、「これが海?」ってうっとしいくらい、親に聞いてたものです。最初琵琶湖を見たとき、これは誰がなんと言おうと海だと決意しました。

 そんな奈良には溜め池だけはたくさんあります。けれども、こんなでかい池ははじめてです。海心が久しぶりに燃え上がりました。

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 よいじゃないですか?この海岸べりの情景。

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 そして、この海岸道路。チャリ(バイクのつもり)かっとばします。

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 うん?あれは薬師寺の2本の塔ではないですか?これ、思い出しました。しょっちゅう、このアングルで写真とか絵とか描かれちゃったりする、奈良発スーパーべたな風景なのです。

 なんだか海岸的情熱にほだされてた自分が途端に恥ずかしくなってしまいました。確かに綺麗な景色なんだけどね。
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 14:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月05日

葬送な線上の日常。(奈良市)

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近所の住宅街の道です。左側にやたらといかつい擁壁があります。

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 見上げると墓石が見えます。どうやら擁壁上部には巨大な墓地があるようです。

 この擁壁に直交して伸びる道があります。それを見ていると、、、。

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 道の奥の方にこんもりとした森が見えます。これは垂仁天皇陵という巨大な前方後円墳です。

 この道は単なる住宅街の生活道路ですが、この道から北を見つめれば巨大古墳の森が、そして南を見つめれば、擁壁上に巨大な墓地が見えるわけです。

 葬送地を結ぶラインという特殊な線が、単なる日常生活の空間と重なっています。少し不思議な風景です。

たぶん、住んでる人たちは特に何も感じず、ごくごく日常的な時間が流れているのでしょうが。

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posted by 遷都1297年記念事業協会 at 14:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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