2007年05月27日

水上鳥獣対決。(大和郡山市)

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何やらとっても青青とした地図です(見にくくてごめんなさい)。この青く塗られた箇所、実はそのほとんどが金魚を養殖する池なのです(以下「金魚池」)。

 大和郡山市は金魚の養殖が有名で、確か僕が小学校の頃まではその出荷が日本一だったと記憶してます。

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 これもそんな「金魚池」のひとつです。

 うん?なにやら水面に浮かぶ丸い発砲スチロール板と、そこに屹立する鳥のようなものがいます。

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 これはタカです。「金魚池」にタカが!

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 そしてフクロウです。真っ昼間の「金魚池」になんとフクロウ!!

 おそらく金魚を食べに上空から襲ってくる鳥対策なのでしょう。
シラサギなどの水系に強い鳥か、はたまた悪さにかけて万能なカラスが、その迎撃対象でしょうか?

 鳥の王者タカなら、そんな来襲を見事に迎撃してくれるのかもしれません(模型やから動けないけどね)。

 でも王者タカもいかんせん鳥。鳥目で夜の来襲には対処できません。そこで夜の王、フクロウの登場です。夜の来襲に備えます(相手はやはりフクロウか?勝ち目あるのか?動くフクロウに。なぜなら、こちらは模型やから)。

 そんな金魚の町にくりひろげられる、鳥獣対決でした。
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 10:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 大和郡山の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月28日

来世墓地石鳥居。(大和郡山市)

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 田園風景の一画に墓地が見えます。この墓地ですが、その中に鳥居が立っています。ひょっとしたら、神社に附随した(あるいは神社が附随した)墓地なのかもしれません。

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 墓地へのアプローチにこのように石の鳥居が2基たっています。

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 1基目の鳥居脇には石の大きなお地蔵さんがたってます。
しかし、墓地内に神社があるわけではないようです。

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 鳥居脇に、この鳥居の解説が書いてある石碑があり「来世墓地石鳥居」とあります。どうもこれは神社のための鳥居ではなく、墓地そのもののための鳥居のようです。

 このような墓地に2基直列して屹立する鳥居。奈良県下だけでなく、全国的にも非常に例の少ない珍しいものだそうです。

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 神社の鳥居は聖地と日常世界を別けつつ、つなげる両世界の境界線上に立つ装置です。でも、聖地に限るのではなく、異界と日常世界との境界線上の装置として鳥居をとらえるならば、この例もすんなり納得できます。

 墓地はこの世ならぬ来世へと通じる場所なのですから。

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 墓地の奥にある物置き小屋で子供が遊んでました。子供にとっては墓石は思いのほか背が高く、そこが石の迷宮のようで、しかも少し恐くって、僕も夢中で遊んでた記憶があります。

 懐かしい境界線上の記憶です。
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 09:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 大和郡山の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月30日

反逆の城郭。(大和郡山市)

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 大和郡山市街の一画に、大きな木造建築を見つけました。平入2階建てですが、中央部には入母屋屋根の上階が伸び上がり、3階建てとなってます。

 この建物、旅館か何かかと思ったのですが、普通の民家のようです。

 この一画をぶらぶらしていると、、

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 また3階建ての家屋を見つけました。しかも部分的に3階ではなく、総3階建てです。平入なのも相まって正面に巨大な壁が垂直に屹立して、すごい迫力です。

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 少し歩くとまた発見しました。木造で3階というと、いまでは珍しくもないですが、これらは現在よく見る木造と違い、垂直へ屹立しその威容を周囲へ放射する強靱な意志を感じます。

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 京都の五条河原町あたりにも3階建ての木造家屋が連続している一画がありますが(上の写真)、この一画は四周を道に削りとられたかのような不定形の離れ小島みたいな領域で、その狭小な土地ゆえに上へ上へと伸びざるを得ないものです。

 これにはここで生きていこうとする執念にも見た意志を感じます。

 ただ、大和郡山のこの一画は生きていくための情念ではなく、家屋の城郭化へ向けての意志があるように思われます。それぞれが城郭化して他を圧する風景が競演されているのです。

 その競演の素地が家屋が違和感なく連結するのに最適な平入(三角屋根でない側)の家屋であることが何とも不思議です。軒のそろう、隣同士で仲良くまとまった風景を強要されたことがある時破裂して、城郭への意志という反逆へと至ったのでしょうか?またこの町が城下町であることも何らかのかたちで作用しているのかもしれません。

 3階の木造家屋。生きるための情念であれ、反逆の城郭であれ、どちらも強靱な意志を感じる魅力ある建築的風景だと感じています。
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 14:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 大和郡山の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月31日

街道のうらでは。(大和郡山市)

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とある街道の風景です。なかなかに風情があります。ただ、向かって右側のたてもの、平入の町家っぽくはありますが、下部開口がシャッターだし少し奇妙な気がします。この裏側にまわってみましょう。

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 出ました!!秘かな奈良名物、池上住居です。赤窓016で紹介したものより大規模に展開されてます。

 奥に見える家屋からは池に向けてスロープ桟橋のようなものが伸びてます。

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 この池では鯉を養殖しているようで、その世話用の桟橋でしょうか?それともここから船が出動するのでしょうか?

 街道うらの溜め池に展開される、ちょっと「伊根」っぽい風景です(伊根の人、こんなんと一緒にされて怒るんだろうなぁ)。

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 ちなみに上が「伊根」の舟家が立ち並ぶ風景です。
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 07:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 大和郡山の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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