2007年06月09日

油断大敵。小さな神殿。(奈良市)

先の記事で、ベタな疑問を投げかけたにも関わらず放置気味ですみません。しかも今回はその回答とは無関係な小ネタです。重ね重ねすみません。回答編も後程お伝えしますが。少し準備が必要で、、、。

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 推古天皇社とあります。小さな春日造の神殿が鳥居の奥に見えます。別にほんとうになんてことない小さな小さな神社です。

 ですが、この入り口脇に、こんな看板があります。

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 「神殿 盗犯防止モデル地区」
盗犯って、ここのお賽銭を狙ってのことでしょうか?それとも春日造の神殿そのものが狙われているのでしょうか?うん。確かに小さいし、携帯可能なサイズですから。ありえないことないですね。

 にしても、そんな盗犯を防止する「モデル地区」って、、。ここで独自の盗犯防止の試みを実験的におこなって、そこで得た成果をマニュアル化して奈良全域へと展開させていくのでしょうか?確かに小さい春日造りしかない神社、多いですから、奈良は。

 この写真では見にくいですが、看板の左側に標語がついてます。

「チョットだけ ドロボウが狙う その油断」

 、、、。チョットしか狙わへんねんやん!!そんなん油断しちゃうよなぁ。

 っていうか、この標語がうながしたいメッセージ。なんとも微妙じゃないですか?「まぁ、ええかな、狙われても」って気分になっちゃいます。

 ということでどこかの小さい神社の、どうでもいいお話でした。

 
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 09:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月04日

王朝脇の老舗。(奈良市)

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とっても広大で殺伐とした駐車場と、その奥にボーリング場が見えます。

 このボーリング場、僕が小さな時からあったもので、この近くの高校に通っていた際にはよくお世話になったものでした。

 でもどうやら、廃虚と化したようです、、。うん?駐車場に車が2台ばかし停まってます。ひょっとして、、近付いてみましょう。

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 屋根からピンが突出するのはボーリング場の定番ですが、手が突き出てます。リアルで巨大な手が、、。実はこの手のせいで、小さい時僕はこの建物とても恐く想ってました。

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 さて、エントランス階段へと進みます。なかなかに立派な階段です。その脇には、

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 根拠不明、脈来不在のリアルなゾウとペガサス(リアルなペガサスなんてのは語弊ありますが)がいます。ペガサスに至っては躍動感あり過ぎるせいで倒れないようロープで背後から引っ張ってます。吊り構造です(ウソつけ)。

 さて、いよいよ中に侵入です。

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 いません。誰もいません。いえ、ひと組だけカップルがいました。この日は土曜日の午後1時。広大なレーンにひと組なんて!!(やるなぁ、このカップル)。

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 そしてゲーム機。節電のためか電源入ってません。この日は土曜日の午後1時。電源が入ってないなんて!!

 名誉のために言っておきますが、このボーリング場、高校時代は大にぎわいでした。あれから20年。時間の流れは残酷です。

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 このボーリング場のすぐ隣は平城宮跡。復元した土塀やその奥には復元中の大極殿覆屋が見えます。

 僕が小さい時は、平城宮跡は復元物など何もない空き地でした。この場所は1300年近く空洞であったわけです。20年の時の流れで変貌してしまった遊戯場と、王朝でなくなって1000年以上凍結した空き地。そして近年、ぽつぽつと復元をはじめたせいで唐突に王朝的風景が現代に貫入しつつあるこの空き地。

 それが隣接する風景がなんとも不思議です。

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 そんなこととはおかまいなしに、復元された朱雀門をバックに農耕機が稲を植えてます。これまた少し不思議に感じてしまいます。

posted by 遷都1297年記念事業協会 at 19:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月03日

空中浮遊。(奈良市)

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いきなりですが、木の幹が浮いてます。緑フェンスに寄り添って。

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 浮いている幹にはフェンスが痛いくらいに食い込んでます。おわかりのように浮いてるのではなく、食い込んだフェンスネットによって幹は支えられて宙づりのごとくなってるのです。

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 空中に浮かぶ幹の下には切り株(見にくくてごめんなさい)があります。

 おそらく木がフェンスを突き破って、駐車場方向に傾いて伸びてたため、この木を切ることになったのでしょう。フェンスから付きでた部分、そして、根っこは切れたものの、がっしりとフェンスに食い込んだ幹、これは引き剥がすこともできず、しかも面倒くさいのでこのまま放置したに違いありません。

 木の力と、奈良の面倒くささのコラボによってうまれた空中浮遊なのです。

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posted by 遷都1297年記念事業協会 at 07:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 奈良の日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月02日

「市場」でビジネス。(赤窓042)

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 平城京全図です。この宮都の西南部、黒く塗り潰した一画に国家の交易の場、「西市」があったようです。この「西市」、現在はというと、、

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 マンションが林立しています。面影ゼロです。しかしながら、この一画に「西市」があったことを示す石碑等があります。

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 うん。石碑です。ではなぜ、石碑「等」なのでしょう?

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 実はここ、石碑だけではなく、ごちゃごちゃといろんなものが集まってある種のコンプレックスを形成しているのです。手前には真っ白な狛犬のようなものが見えます。

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 解説によると彼の名前は「長安」というようです。「友好のため長安(現在の西安市)からやってきた」そうです。なんて安直なネーミング!!しかもそんな友好の使者を緑のフェンスで囲い込んじゃってます。

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 もちろん「西市」の解説もあります。

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 この「西市」跡では、銭の元祖とも言える「木簡」交易銭も発掘されたようで、そのことを高らかにうたっています。

 解説文は万葉集所収の
「あおによし ならのみやこはさくはなの におうがごとく いまさかりなり」の歌で始まり、「木簡」を賛辞したあと、この解説をしたためた平城京西市跡保存委員会会長の歌でしめくくられています。

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 すごい歌です。万葉集の5-7-5-7-7という和歌のリズムをバロック化したような7-7-5-4というユニークに過ぎるリズムです。しかも冒頭の万葉集和歌はさして、解説文内容にからまないことから察するに、この最後の歌を詠みたいがための単なる前フリだったのね、、嗚呼。

 さて、それはそうと、ここは国家の一大交易場跡なのです。当然ものの売買も行われています。

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 っていう教育委員会が出版した本を1500円也で売っちゃってます。
そして、、

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 あの高らかに歌い上げた木簡の模型(!)も販売しちゃってます。
特価300円です(ちょっと欲しい)。

 国歌の交易場跡での、なんともとっても奈良っぽいビジネス。う〜ん。奈良。

posted by 遷都1297年記念事業協会 at 09:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月01日

迷路のむら。(奈良市)

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 奈良市内のとある村落内の小道です。道の突き当たりに倉が見えます。

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 倉の下には赤い花が咲き、

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その上では蝶々が舞っています。

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 小屋で突き当たってしまった小道は左へと屈曲していきます。

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 その傍らには小さな公園があり、さきほどと同じ赤い花と誰もいないブランコが宙に漂います。

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 公園の脇で道はまたもや、屈曲して、

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 一面の田んぼへと視界が開け村からはじき出されます。

 奈良の村落は田んぼに浮かぶ島のようです。島の中は自衛のために、敢えて視界が通らないような、屈曲をくりかえす街路がクモの巣のように走っています。僕が育った近くのむらもこのような風景でした。基本的にはT字路を次々と連鎖させて成立つ街路体系なのです。視界が効かないのでむらの中で何回も自転車どうしぶつかった記憶があります。なぜかぶつかる相手がいつもはじき飛ばされ、僕は無事なのですが。

 一面の田んぼに浮かぶ島は、その中で迷路と化すのです。新興住宅地で育った僕には迷路の村はとてもとても不思議で、たとえ物理的には侵入できても、なぜかどうしても入ることのできないように感じてしまう異界でした。

 久しぶりに入った知らない村落の中で、そんなことを思い出していました。迷路の村です。
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 15:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 奈良の日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月31日

街道のうらでは。(大和郡山市)

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とある街道の風景です。なかなかに風情があります。ただ、向かって右側のたてもの、平入の町家っぽくはありますが、下部開口がシャッターだし少し奇妙な気がします。この裏側にまわってみましょう。

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 出ました!!秘かな奈良名物、池上住居です。赤窓016で紹介したものより大規模に展開されてます。

 奥に見える家屋からは池に向けてスロープ桟橋のようなものが伸びてます。

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 この池では鯉を養殖しているようで、その世話用の桟橋でしょうか?それともここから船が出動するのでしょうか?

 街道うらの溜め池に展開される、ちょっと「伊根」っぽい風景です(伊根の人、こんなんと一緒にされて怒るんだろうなぁ)。

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 ちなみに上が「伊根」の舟家が立ち並ぶ風景です。
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 07:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 大和郡山の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月30日

反逆の城郭。(大和郡山市)

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 大和郡山市街の一画に、大きな木造建築を見つけました。平入2階建てですが、中央部には入母屋屋根の上階が伸び上がり、3階建てとなってます。

 この建物、旅館か何かかと思ったのですが、普通の民家のようです。

 この一画をぶらぶらしていると、、

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 また3階建ての家屋を見つけました。しかも部分的に3階ではなく、総3階建てです。平入なのも相まって正面に巨大な壁が垂直に屹立して、すごい迫力です。

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 少し歩くとまた発見しました。木造で3階というと、いまでは珍しくもないですが、これらは現在よく見る木造と違い、垂直へ屹立しその威容を周囲へ放射する強靱な意志を感じます。

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 京都の五条河原町あたりにも3階建ての木造家屋が連続している一画がありますが(上の写真)、この一画は四周を道に削りとられたかのような不定形の離れ小島みたいな領域で、その狭小な土地ゆえに上へ上へと伸びざるを得ないものです。

 これにはここで生きていこうとする執念にも見た意志を感じます。

 ただ、大和郡山のこの一画は生きていくための情念ではなく、家屋の城郭化へ向けての意志があるように思われます。それぞれが城郭化して他を圧する風景が競演されているのです。

 その競演の素地が家屋が違和感なく連結するのに最適な平入(三角屋根でない側)の家屋であることが何とも不思議です。軒のそろう、隣同士で仲良くまとまった風景を強要されたことがある時破裂して、城郭への意志という反逆へと至ったのでしょうか?またこの町が城下町であることも何らかのかたちで作用しているのかもしれません。

 3階の木造家屋。生きるための情念であれ、反逆の城郭であれ、どちらも強靱な意志を感じる魅力ある建築的風景だと感じています。
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 14:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 大和郡山の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月29日

幾何学の丘。(奈良市)

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とある村落の小道に直交して、唐突に丘へと至るアプローチが開けています。さっそくここを進んでみましょう。

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 左手こんもり、右手は台形っぽい感じです。そう、これは明らかに前方後円墳です。

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 左手のまあるい後円部分はクヌギの木が生い茂っています。夏にはカブトムシやクワガタ(奈良ではなぜかゲンジと呼んでます)がゲットできる予感満載です。

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 そして左手の前方部。こちらは雑草がそよそよと風に吹かれてゆれてます。

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 前方部を登ると南側に隣接して村落の家々の瓦屋根が見えます。

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 この前方後円墳、「杉山古墳」というようで、奈良時代、大伽藍を誇った大安寺の創建時境内の北隅に位置しています(というより大安寺がこの古墳に隣接して伽藍を建立したのですが)。大安寺造営の際、前方部の一部は削りとられたようです。

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 その削り取った箇所にいまは村落の家屋が建っています。後円部分のクヌギの木を見るにつけ、この古墳、公園として整備(奈良っぽい放置気味で素敵な整備ですが)するまではこの村落の里山だったのでしょう。里山なのに、あからさまに幾何学立体。

 全く別の世界観の中で発生したものが並存融合する不思議な生活風景。おそらくほとんど日常に溶け込みながらも時折、古墳が古墳の世界観のままに現れたりすることもあるんだと想います。いきなり開く非日常世界への扉。

 D研究所の目指す風景の在り方のひとつがここにあります。
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 10:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月28日

来世墓地石鳥居。(大和郡山市)

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 田園風景の一画に墓地が見えます。この墓地ですが、その中に鳥居が立っています。ひょっとしたら、神社に附随した(あるいは神社が附随した)墓地なのかもしれません。

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 墓地へのアプローチにこのように石の鳥居が2基たっています。

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 1基目の鳥居脇には石の大きなお地蔵さんがたってます。
しかし、墓地内に神社があるわけではないようです。

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 鳥居脇に、この鳥居の解説が書いてある石碑があり「来世墓地石鳥居」とあります。どうもこれは神社のための鳥居ではなく、墓地そのもののための鳥居のようです。

 このような墓地に2基直列して屹立する鳥居。奈良県下だけでなく、全国的にも非常に例の少ない珍しいものだそうです。

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 神社の鳥居は聖地と日常世界を別けつつ、つなげる両世界の境界線上に立つ装置です。でも、聖地に限るのではなく、異界と日常世界との境界線上の装置として鳥居をとらえるならば、この例もすんなり納得できます。

 墓地はこの世ならぬ来世へと通じる場所なのですから。

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 墓地の奥にある物置き小屋で子供が遊んでました。子供にとっては墓石は思いのほか背が高く、そこが石の迷宮のようで、しかも少し恐くって、僕も夢中で遊んでた記憶があります。

 懐かしい境界線上の記憶です。
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 09:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 大和郡山の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月27日

水上鳥獣対決。(大和郡山市)

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何やらとっても青青とした地図です(見にくくてごめんなさい)。この青く塗られた箇所、実はそのほとんどが金魚を養殖する池なのです(以下「金魚池」)。

 大和郡山市は金魚の養殖が有名で、確か僕が小学校の頃まではその出荷が日本一だったと記憶してます。

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 これもそんな「金魚池」のひとつです。

 うん?なにやら水面に浮かぶ丸い発砲スチロール板と、そこに屹立する鳥のようなものがいます。

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 これはタカです。「金魚池」にタカが!

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 そしてフクロウです。真っ昼間の「金魚池」になんとフクロウ!!

 おそらく金魚を食べに上空から襲ってくる鳥対策なのでしょう。
シラサギなどの水系に強い鳥か、はたまた悪さにかけて万能なカラスが、その迎撃対象でしょうか?

 鳥の王者タカなら、そんな来襲を見事に迎撃してくれるのかもしれません(模型やから動けないけどね)。

 でも王者タカもいかんせん鳥。鳥目で夜の来襲には対処できません。そこで夜の王、フクロウの登場です。夜の来襲に備えます(相手はやはりフクロウか?勝ち目あるのか?動くフクロウに。なぜなら、こちらは模型やから)。

 そんな金魚の町にくりひろげられる、鳥獣対決でした。
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 10:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 大和郡山の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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