2007年04月22日

奈良な公園。(奈良市)

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よく見かける郊外住宅地の風景です。右手に公園があるようです。

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 埴輪?

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 埴輪ベンチに、埴輪テーブル?

 奈良やからといって、またなんてベタな、、。とか思ってしまったのですが、この公園もう一度見渡してみると、、

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 何やらガラス張りの建物があります。早速、中を覗いてみます。

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 おおっ!どうも、この公園、ただの公園ではなくて、古代の窯跡が発掘された遺跡付き公園だったようです。ちなみにこれは第3窯跡らしいです。やるじゃないですか。

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ん?

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んんっ?

 何だか、この窯跡のまわりに不自然に土間っぽくあしらった道のようなものが見えます。これは何でしょう?

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 「古墳時代の溝跡」らしいです。

 ここでは、窯跡は第1〜第3まで、溝跡が一筋、発掘されたようです。ただ、保存して展示しているのは第3窯跡のみで、あとは埋めてしまって、その外形だけを土間っぽく処理しているのです。

 そして、ただロゴのみで「古墳時代の溝跡」って宣言しちゃっています。書道っぽい字体で、「いにしえ感」をグッと引き寄せて、、。


 郊外の公園に唐突に窯跡があるのも奈良らしいですが、最小限の保存をして、あとは面倒くさいから「ロゴでおっけいな処理」っていうのも何とも奈良らしいです。

 僕がちいさいとき、みんなのくちぐせは「おとろしい=
めんどうくさいの奈良南部の方言」でしたから。

 というわけで、とっても奈良な公園なのでした。

 
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 07:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月21日

スリリング・ランドリー。(奈良市)

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 なんてことない、宅地の風景です。

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 ベランダに洗濯物。南面しているから、良く乾きそうです。それがどうしたんですかって感じですが。

 このおうちの足元を見てみましょう。

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 そう、このお家、水面の上です。南面しているベランダですっごく良く乾く洗濯物。でも一歩間違えると池ポシャで、びしょ濡れになっちゃいます。

 スリリング・ランドリー・ストーリーです。

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 「池上住居」。ひょっとしたら、隠れた奈良名物かもしれません。奈良の他の場所でも、こんなん見ましたので。
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 13:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 奈良の日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月18日

判らない森。(奈良市)

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奈良に住んでいると、こんもりとした森をよく見かけます。それらは、古墳か神社のいずれかで、幼い頃から見慣れていると、その判別がすぐについちゃいます。ちなみに上の写真の森は神社です。

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 では、この森はどうでしょう?神社にしても古墳にしても、なんだか下がスケスケな感じがします。近付いてみましょう。

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 ん?なんだか割れているように見えますが、、。

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 そう、このように森はふたつのブロック(仮に「ライトウィング」と「レフトウィング」としましょう)に別れているみたいです。

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 これが「ライトウィング」で、

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 こっちが「レフトウィング」です。

 この森はいったい何なのでしょうか?古墳や神社でないのは確かです。かといって防風林でもないようです。風から身を守りたい対象が見当たらないですから。

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 この二つに割れた森、北から見ると、割れ目を通して、最初にかかげた写真の神社が正面に見えます。神社本殿を拝む拝殿の形式に真ん中が割れた「割拝殿」なるものがありますが、ひょっとして「割拝殿な森」なんでしょうか?

 結局、判らないままです。みなさんはどう判別されますか?この森。
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 10:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月16日

暴君な実利線。(奈良市)

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これはうちの近所の西大寺駅前の大規模な区画整理事業地です。

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 奥に見える2棟のマンションがたってる当たりはもうすでに道が開通してますが、そこから北側はまだ工事中です。

 この場所、はっきりとは思い出せないですが、僕が子どものころは一面田んぼでした。

 「赤窓005」で、
http://dnaruakamado.seesaa.net/article/38368893.html
平城宮跡の朱雀門から伸びる観念的な軸のお話を紹介しましたが、この区画整理のラインはそんなのではなく100パーセント実利的な軸です。

 しかし、開通前のヴォイドなせいか、ある種の観念性を感じてしまいます。なんだか嫌な観念性ですが。

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 さて、この道の先ですが、いまはあるところでアスファルト舗装が途切れています。

 ここからは何処に向かうのでしょうか?この先をたどってみましょう。

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 ここまではひたすら直線的に伸びてきてましたが、どうやら彎曲していくみたいです。

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 思いきりカーブがかかってます。

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 さらに切れ味するどく曲がりだして、、

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 ん!?

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 おい、おい、、ちょっと待てよ。何処にむかってんねん。

 思いっきり、この木造長家に向けて、ホーミングミサイルみたくなってるではないですか!?

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 ここは、この木造長家だけではなく、まるで忘れ去られた島のように、いくつかの農家の建物があります。

 駅前の商業ビルと、背の高いマンションの影に隠れるかのようにひっそりとした佇まいなのですが、そんな中に、ギリギリまで「区画整理ホーミングミサイル」が迫ってきてるのです。

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 実利的な線。こんな線に不条理にもかき消されたいくつもの生活や大地の物語りがあるのです。

 この暴力性に、さきほど嫌な観念性の臭いをかぎとったのかもしれません。

 実利な線は、嫌な嫌な、暴君であることがしばしばなのです。
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 14:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月14日

彼等の楽園?(奈良市)

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なんだか淀んだ川辺ですが、これがいったいなんなのでしょうか?これじゃわからないので近付いてみましょう。

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 そう、夥しい数の亀がひなたぼっこしているのです。

 僕が子どもの頃から、川を眺めると、いつも、こんな亀密度(へんてこな言い回しですが)でした。そして僕はこれが普通だと思ってました。

 大学に入って、知人を奈良に案内したとき、ふとこんな風景に出くわしました。そして言われました。この密度は異常だと。

 他の地域を検証したわけではないですが、どうも奈良は亀密度が高いようです。

 ただ、この風景、実は子どもの頃から変わらずの風景ではないのです。

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 こやつら、全てアカミミガメです。要するにもともとアメリカのミシシッピ川あたりに生息している帰化動物です。この亀の幼少期が屋台などで売ってる「ミドリカメ」なんです。

 僕が小さいときは、この風景の圧倒的主役はクサガメで、そこに時折日本唯一の固有種、イシガメが混じってました。

 あまり想像したくはないですが、アカミミガメが幅を効かせてる分だけ、クサガメやイシガメが姿を消したということです。

 のどかな奈良の風景に、亀の楽園を見た気がしましたが、もし、僕がクサガメなら(いきなり何を言い出すんだ)、酷く血なまぐさい戦場の中に身をおいてることになるわけです。

 逝ってしまったアジアの亀さんたちに御冥福を祈ります。そして、いまだ戦場にいるアジアの亀さん、頑張れ。

 
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 02:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 奈良のいきもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月12日

完璧なる自転車道路網へ。(奈良市)

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これは近所に流れる秋篠川の土手の道です。なんてことない話ですが、この道、自転車と歩行者専用道路(面倒くさいから以下「自転車道路」)なのです。

 「自転車道路」自体、そんな珍しいものではありません。奈良と京都の県境あたりを流れる木津川なんかには、はるか桂川まで至るおそらく40キロはあろうかという「自転車道路」がついてます。

 ただ、木津川は大河川であり河川敷の余地もたっぷりあるので、「自転車道路」敷設自体はそんな無理なくできるはずです。

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 さて、この「自転車道路」、看板に「奈良・西の京・斑鳩」って書いてます。

 西の京っていうのは奈良市内であり、要するに薬師寺のあるあたりです。この自転車道の始点からもせいぜい3キロくらいで到達可能です。

 次に斑鳩ですが、これは法隆寺のあるあたりです。始点からだと、なんと15キロはあります。

 さっきの木津川の話からするとたいした距離ではないのですが、これは結構すごいことなのです。何故なら、この秋篠川に沿って進めば自然に斑鳩にいけるわけではないのです。

 途中で川と離脱し、田んぼを超え、大和郡山城の堀をかすめて、小丘陵を登りきり、大和小泉の集落沿いの街道を突っ切って、、(以下割愛)。

 要するにえらくバリエーションに富んだ場所をつなぎにつないで、ようやく法隆寺あたりまで至るわけです。

 実際このルートを試してみましたが、法隆寺までなんとか続いてました。紆余曲折を経て。

 ただ「自転車道」として完璧を期すならば、そのルートにおいて、ただの一度も自動車交通に煩わされることなく、進行可能な必要があります。残念なことに、何度か信号につかまったりしますし、車道が「自転車道」を分断してたりします。

 これが完璧なら、そのルートを巡る風景の展開力とあいまって本当によいのですが、、。

 さて、この「自転車道」で法隆寺まで行ったのですが、そこでその看板を見て驚きました「斑鳩・飛鳥」と書いてあるのです。

 飛鳥は石舞台や亀石などの巨石で有名ですが、斑鳩から飛鳥まではたっぷり20キロはあります。

 このネットワーク、実はもの凄いのでは。飛鳥に行ったら今度はなんて書いてるのだろう、看板に。

 もし「飛鳥・十津川」だったら仰天です。両者を隔てる距離はたっぷり50キロはあって、しかもひたすら山を超えないと到達できない秘境なので。十津川村は。

 一度も車に出会わない、完璧なる広域「自転車道」ネットワーク出現に期待です。

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 ちなみにこれ、うちの近所の「自転車道」始点から200m刻みで距離が書かれてる看板です。ジョギングやウォーキングを楽しむ人のため用なんですが、残念ながら3.5キロくらいで終わってしまいます。

 完璧なる広域「自転車道」ネットワーク( p.c.n=perfect chari-road network)完成のあかつきには、是非終点までこの看板のばして欲しいものです。

 始点から「69.4キロ」とか。このほのぼのイラストが途端にシュールに見えちゃいそうで、こわいですが。

 


 
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 17:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月11日

いろんな見立て重層。(奈良市)

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黒々とこんもりとした森が見えます。これは巨大な前方後円墳(崇仁天皇陵)の後円部(丸いドーム状の部分)です。かなり存在感ありますが、古墳を見る機会がある人ならば、そう珍しい光景ではないかと思います。

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 では、この写真はどうでしょう。単なる田舎の山裾の風景に見えますが、、、。

 龍が波打っているような山の稜線と、手前の起伏がシンクロした不思議な一体感があります。そして柿の木が林立している背後には墓石が見えます。

 この墓石がある起伏、実は前方後円墳の前方部(四角い壇部分)なのです。

 神様がいる山々の風景を、圧縮したようなかたちの古墳。要するに山の中の山、山風景の入れ子です。

 そして古代から葬送地として選地されてきた山麓風景を、その入れ子的山(=古墳)の起伏にも見い出して、そこを墓地としたわけです。ここにも見立てがはたらいてます。

 もちろん普通に山麓にある墓地もあるわけですから、「山麓の墓地」がやっぱり入れ子状に展開しているわけです。「本当の山麓の墓地」の中に「山麓に見立てた古墳上の墓地」があるといったように。

 また、このような見立てとは違うのですが、古墳の段々になった地形。これは古墳と知らなければ、とても便利な、はなから造成された段々畑用地と言えます。なので、古墳上を普通にみかん畑として利用してたりしてます。

 山に神様がいるという世界観の中での見立てと、地形的資材性による活用。こんないろんな主体のいろんな見立てや、いろんな土地利用の仕方が重なって、いわくいいがたい風景を生み出しています。

 僕達がぼんやり見ている風景の背後にも、普段考えている文脈を超えた世界の風景が展開されているのでは?などと考えてしまいます。

 今「これがすべて」だと思っている世界は、見立てが重層した表面上のほんの一部かもしれませんから。

 

 
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 08:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月10日

観念の軸。実利の軸。(奈良市)

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 この巨大な建造物。平城宮跡で復元作業をしている大極殿正殿の覆屋です。
建都1300年を迎える2010年に完成予定とのこと。

 さて、それはそうと、大極殿正殿ということですので、ここから起点に平城宮の中軸線が南へ向けてズドーンと伸びていたわけです。

 ただ、現在は単なる空地なのですが。

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 ここから180度回転してみます。この門は近年復元された朱雀門です。

 大極殿正殿と朱雀門の2点があることで、この両者を結ぶ南北軸が空地の上に浮上してきます。都城中心軸とは、基本的に現代都市の実用的道路とは違い、むしろ象徴的、観念的な代物です。

 現在、空地であるがゆえに、逆に、その観念性の高さが迫ってくるように感じます。

 さて、朱雀門の写真、もう一度よく見てみましょう。右下に電車が走ってまるのが見えます。そう、この両者を結ぶ中心軸に、近鉄電車奈良線のラインが斜めに割り込んでいるのです(しかも踏み切りはなし)。

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 ですので、朱雀門から、大極殿正殿へ向けて視界はズドーンと通るのですが、この軸線を真直ぐに進むのは無理なのです。線路にぶつかっちゃいますので。

 しかも平城宮中心軸の正確な南北という観念的純度の高い方位設定とは違い、近鉄の斜め方向は「西大寺と奈良を最短で結んだら、そんな角度やったんで」という実利的合理的100パーセントな方位です。

 その対比がよくも悪くも不思議な風景を生み出しています。8世紀初頭と20世紀後半に設定された線の重なり。今後復元作業でどのような風景としてまとめるのかは無知と不勉強なゆえにわからないのですが、いまあるこの不思議な風景を僕は記憶しておこうと思ってます。

 
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 18:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月09日

ロータリーの住人。(奈良市)

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 とあるロータリーの風景です。別にどってことない風景に見えますが、、。うん?なんか小屋みたいなものが建ってますね。

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 左にバス停が見えますので、これはバス停ではないようです。

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 近付いてみましょう。

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 妻入りと平入の小屋が並列してます。もうおわかりですよね。

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 そう、ふたつの地蔵堂がロータリーの中に入っているのです。
というより、地蔵堂を迂回するように道が交錯した結果、道の中の孤島のように地蔵堂があるわけです。

 なんだか丁寧に地蔵堂迂回して道路敷設するあたり、とっても奈良県な気が勝手にしてます。これと同じの奈良のまた違うところでも見ましたし。

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 でも、お地蔵さん自身の抵抗の砦のようにも見えて、何か勇気をもらえます。頑張れ、お地蔵さん。
posted by 遷都1297年記念事業協会 at 08:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 平城京の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月08日

アイツへの道。(奈良市)

 いきなりですが、僕が住んでいる近所に「奈良ファミリー」という施設があります。

 ジャスコと近鉄百貨店と各種専門店が集結して複合した、ギガ・コマーシャル・コンプレックス(GCC)(なんじゃそりゃ)なのです。

 これは本当に近所なのですが、コヤツへと至る道は案外と大変なのです。今日はそんなお話です。

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 そう、この奧に見えるピンクの要塞のような建物が「奈良ファミリー」(=ギガ・コマーシャル・コンプレックス(GCC))です。この方向に真直ぐ突き進むならば、距離にしておよそ200メートル。ダッシュすれば30秒で到達可能です(当社測定値)。では早速向かうことにします。

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 最短でいきたいのですが、線路(近鉄橿原線)が行く手を阻んで無理です。仕方なく90度右に方向転換して迂回します。しかも単なる迂回でなく、トンネルをくぐらなきゃ、なんです。

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 このようにトンネルを通過します。

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 よしっ!!トンネルを抜けました。

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 さて、アイツの位置を確認します。嗚呼、横にスライドしただけで、その距離200メートルはまるで縮まっていません。では改めてヤツへ向けて進路を変えるとします。

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 あれっ、どこいくんですか。そう、あの方向にもまた線路(近鉄奈良線)があり、真直ぐにはいけないのです。なのでこの階段を降りて、

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 またトンネル(上に線路が走ってます)を潜って、

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 突き抜けて、

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 このように出てきます。ヤツがようやく手の届きそうな位置に見えてきました。ラストスパートです。

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 ようやく辿りつきました。ピンクの要塞、「奈良ファミリー」(=ギガ・コマーシャル・コンプレックス(GCC))です。

 何とも大変なわけです。実は近くに西大寺駅というのがあり、これは京都、大阪(難波)、橿原、奈良の4方向に向けて線路を放射させているので、すごく近い距離にあるところでも場合によってはこんなに迂回しないと辿りつけないのです。

 そして、「奈良ファミリー」って僕はそんな好きなわけでもないので、結局線路渡らずにすむ、単なるスーパー(simple shopping center(SSC))で買い物しちゃうのでした。

posted by 遷都1297年記念事業協会 at 13:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 奈良の日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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